薫香日本書紀24/24
7.来たところへ帰る。
(10)次の津波の襲来と、孫と船で出港する夢を見た。
① 津波とは、個人にとっては、生老病死のことでもある。時間の津波だ。生老病死は、この順にやってくるわけではない。生まれてすぐに死んだり病にかかることもある。それぞれをそれぞれとして個別に生きなければならない。若いから、老いたから、というのは関係が無い。しかし自分は老いた。老いも死も、自分から何かが失われる悲しみだ。それなら老いでも死でも奪えないもの、逆に大潮のように、満ちて充実してくるものを知れば、悲しみは消える。香(こう)はその助けになった。生老病死の津波から救ってくれた。
② 竜宮城の浦島太郎のように、感覚や感情の心のまま記憶を作らずに過ごした者には、人生の満腹はない。日々を言葉にして記憶した者には人生の空腹は無い。
③ 言霊になった自分が、蝶になって、ベッドの周りでひらひらしている。あの日別れた家族の言霊も、蝶になって、いつも自分の周りをひらひらしていたことがわかる。そんな夢の中でうつらうつらしている。
④ 病室のベッドで目が覚める。これも夢の中だ。白い布団、白い天井。こちらを見つめる白い人。そういえばあれから六十余年、途中が在ったような無かったような、夢のようだ。腕に繋がれた管から薬が流れ込む。しばらくうとうとして、また目が覚める。やはり白い布団、白い天井。こちらを見つめる白い人。違うのは、横に誰かいて、乳を含ませてくれる。乳とともにこれまでの意識が真っ白に溶けていく。
⑤ 城万二はつかの間の回復を得て、退院した。最後の夢は、SNSに書き込めなかった。今のSNSは後の誰かの加筆だ。次の津波の襲来と、孫と船で出港する夢の話も、未来の薫香師への積み残しになった。体には死はあっても、薫香師には死は無い。また別の誰かになって戻ってくる。その後の物語はその誰かが、別途続けることになる。(完)
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