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2017年7月 8日 (土)

薫香香取り(こうとり)物語。290708

この数日、大分県や福岡県は、梅雨の大雨に襲われ甚大な被害だ。この前の地震や火山の記憶も生々しい。関東は晴れ。空梅雨。土曜は人出が多いはずなので開店する。

準備が一段落すると、パソコンにメールが在った。天の原財団からの、「SNSのお香の会」へのお誘いだ。参席というボタンを押すと、香りで物語を楽しむ「香昔物語」というサイトに入った。

いつもの庭園の、植木や石組を巡る曲水のあちこちに、赤い毛氈と日傘が設(しつら)えてあって、SNSで集まった人々が客として座っている。水源に当たる東屋(あずまや)に香元らしき人物が座っている。挨拶が始まった。

今日のお香に関係しますので、蛇足かもしれませんが、竹取物語のおさらいをします。お手元の薫香録(くんこうろく)をご覧ください。

文字が浮かんでくる。竹細工(たけざいく)を生業(なりわい)とする竹取の翁と呼ばれる者がいた。或る朝、竹を取りに竹林に入ると、根元が光る竹を見つけて、切ると小さな女子がいた。家へ連れ帰り「かぐや姫」と名付けて育て、美しく成長した。たくさんの男たちが求婚したが、本人はその都度不可能な条件を持ち出しては体よく断り続け、結局月へ帰ってしまう、という物語だ。いつ頃書かれたかは不明だが、浦島太郎や七夕物語と同様に、大陸にルーツを持つ、古い伝説なのだろう。似たような話が今も各国にある。

ページが変わって、「竹取物語から二つの香取り物語へ」という見出しに続く。

竹取物語の作者は、世界をどのようなものだと信じていたのだろう。地上から月を見上げていたのだろうか。月から地上を見下ろしていたのだろうか。

ここで別の疑問も湧く。月とはどこなのか、だ。

一つ目の答は死者の国、いわゆる「あの世」だ。かぐや姫は皆に惜しまれ、見守られながら、死者の国へ連れて行かれたのだ。

もうひとつの答は、かぐや姫という一人の人間の、心の中の、葛藤と成長の物語だ。迷いの「この世」から、悟りの「あの世」への旅立ちだ。かぐや姫は死んだのではなく、めでたく悟りを開いたというハッピーエンドになる。

「この世」と「あの世」という言葉が在る。一つ目の答なら「この世」は生きている間の世界で、「あの世」は死後の世界だ。

二つ目の答なら、「この世」は感覚や感情の心が映し出す現在の現実の具体的な世界で、「あの世」は言葉の心が言葉で組み立てる、記憶の過去や願望の未来の抽象的な世界だ。

きっと、この物語の作者は一つ目の答を信じたふりをして、二つ目の答を暗示しているのだろう。読者は、ふと、かぐや姫の立場に自分を置いて、月の世界から地上を見降ろしているような気分に誘われるのだろう。もしこの予感の通り、かぐや姫の立場に立って、月の住人になってみたら、この物語はどうなるのだろう。月の世界が本当で、地上は異世界で、言いよってきた人々すべてが異人だということになる。異人たちからの誘惑に打ち勝って、無事に帰国したという話だ。

心の成長過程に例えれば、異世界とは感覚や感情の心が映し出す現在の現実で、異人たちは感覚や感情の心に生じる迷いとか誘惑の象徴で、無事に帰国というのは言葉の心が完成して、悟りを開いたということになる。

そういうことで、この「香取り物語」は二つ目の答に沿って話を進める。

が、しかし、まず一つ目の答に沿っての物語(1)から始めなければならない。実はそちらの方が琴線に響く。

香元が水入りの宣言をする。これより香席ですが、準備の都合上、今日はこれまでとします。自動的にサイトが閉じて、天の原財団のホームページに戻った。

現実の店は暑過ぎて客はなく、いつものパン屋で、焼きそばパンとアイスカフェラテの昼食。午後も客はなく昼寝だった。やっと陽が翳ってきたので、今日こそ売り切れる前に入梅イワシを買おうと、店を早仕舞にした。もう入梅ではないが、3度洗えばタイの味というのは本当だ。


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