薫香香取り物語290717
さて、舞台は海辺の町に変わります。昔話では、浦島太郎の家族関係は定かではありません。なんとなく独身の若者のように思っていますが、実際は両親も妻子もいたということで始めます。亀とは、津波のことです。竜宮も、残された家族の、楽しい国へ行ってくれという願いのことです。最後の帰りたいと言う気持ちについては、津波に流されて覚悟を決めた時の、家族を思う気持ちの表れだったのです。しかしその願いはむなしくならざるをえません。それが、乙姫がくれた玉手箱の煙の意味です。
今回の主人公は、浦島太郎の子孫がたくさん住む町の、小学生たちです。その多くは、3.11の津波で、家族や知人を失っています。
お盆の少し前に、臨海学校で、沖の小島の砂浜へ行きました。学校で飼っている犬のポチが、波打ち際の、ほとんど埋まっている流木に向かって、「ここ掘れワンワン」と吠えていました。みんなで流木を掘り出し、引き摺って、その夜、キャンプファイヤーにくべると、真っ白い煙と、何とも言えない良い香りがしました。先生が、すぐに引き出して、火を消して、「この木の正体」を夏休みの自由研究にしようといいました。
臨海学校から帰った翌日の特別登校日は、市の図書館でした。最近の図書館は、入り口にロボットが立っていて、案内や検索の手伝いをしてくれます。この図書館の本だけでなく、世界中の本のすべてがインプットされていて、テーマと学年を言うと、それに沿った本を教えてくれたり、必要ならその項目についての説明をしたりします。今日はこのロボットが香元です。
図書館の5階には、インターネットの会議室が在って、みんなでSNSに参加できるようになっています。それぞれがボタンを押して参席。香りで物語を楽しむ「香昔(こうじゃく)物語」というサイトに入りました。いつもの庭園の、植木や石組を巡る曲水のあちこちに、赤い毛氈 (もうせん)と日傘が設(しつら)えてあって、生徒たちが客として座っています。水源に当たる東屋(あずまや)に今回の香元(こうもと)であるロボットが座っています。筆記用具と薫香録(くんこうろく)が盆に乗って流れてきます。盆から直接取ります。香元が宣言。「香始めます」。今日は「薫香香取り物語」の第4回です。「夏休み自由研究」の観賞香です。物語に沿って、香木や香りや言葉を観賞します。お手元の薫香録をご覧ください。文字が浮かんでくる。物語が始まる。
最初に見つかったのが、日本書紀です。香元が短冊を廻します。日本最古の歴史書である日本書紀。推古天皇の参年夏四月、沈水淡路島に漂ふ着けり。(推古3年(595年)4月に、香木が淡路島に漂着した)。其大き一囲、島人沈水を知らず、薪に交て竃に焼く、(一抱えほどの大きさだった。何だかわからないま薪に混ぜてまかまどにくべた)。
其煙気遠く薫る、則異なりとして献る。(煙と香りが遠くまで広がり、驚いて朝廷に献上した)。
次に見つかったのが「香の10徳」という、沈香の香りの効能の詩でした。香元が短冊を廻します。作者は中国の詩人、黄庭堅(1045-1105)。意訳は別。感動鬼神(感動できる、心になる)。清浄心身(苦しみに負けない、心になる)。能除汚穢(悩みに負けない、心になる)。能覚睡眠(諦めない、心になる)。静中成友(さびしさに負けない、心になる)。塵裡偸閑(迷いに負けない、心になる)。多而不厭(広い、心になる)。寡而為足(満足できる、心になる)。久蔵不朽(古びない、心になる)。常用無障(平常な、心になる)。
香元の解説が続きます。言葉の蓄えが少ない人の世界は、単純で変化が乏しい砂漠のようです。言葉の蓄えが豊富な人の世界は、複雑で豊かなサンゴ礁のようです。昆虫や植物や魚や小鳥や動物や星座の名前をたくさん知っている人は、そうでない人より、自然の中でより楽しく過ごすことが出来ます。香りについても同じ事が言えます。「香木の香り」という一言しか持たない人もいれば、五味六国の香りに分けられる人もいれば、その時の気分を詩に詠む人もいます。調香師のように、無数の香りの言葉を持っている人もいます。
感情についても同じ事が言えます。感情を表すたくさんの言葉を持つ人は、自分や他人の心を読むこと、制御することに巧みです。いい気持ちをただ「気持ちが良い」だけで済ます人と、楽しい、嬉しい、愛おしい、という言葉に使い分ける人では、自分や世界の見え方、生き方も違ってきます。やさしさや思いやりはここから生まれます。困難や苦難に挑戦する勇気や我慢や工夫の力もここから湧いてきます。人生の価値は、持っている言葉の質と数で決まります。
自分のことしか考えられない人は、労(いたわ)り、恩、感謝、思いやりなどという言葉を持つことで救われます。悲しみに囚われた人は、諦め、希望、未来などという言葉を持つことで救われます。憎しみに囚われた人は、諦め、許しなどという言葉を持つことで救われます。高慢な人は、畏れ。憐れみ、もののあわれ、悔い、恥などという言葉を持つことで救われます。うらやむ人は、誇り、自信などという言葉を持つことで救われます。
みんな忘れないうちに、自由研究としての薫香録を書き、盆に載せて、香元に代わった先生に向かって流しました。
先生は香元として「香満ちました」と宣言しました。
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