薫香香取り物語290709
猛暑の日曜日。店は休み。
陽が翳る頃、天の原財団から昨日の続きの「お香の会」のお誘いメールが入ってきた。ボタンを押して参席。香りで物語を楽しむ「香昔(こうじゃく)物語」というサイトに入った。
いつもの庭園の、植木や石組を巡る曲水のあちこちに、赤い毛氈と日傘が設(しつら)えてあって、SNSで集まった人々が客として座っている。水源に当たる東屋(あずまや)に香元(こうもと)らしき人物が座っている。
筆記用具と薫香録(くんこうろく)が盆に乗って流れてくる。盆から直接取る。
香元が宣言。香始めます。今日は「薫香香取り物語」の第2回です。「金色の香木」の観賞香です。物語に沿って、香木や香りを観賞します。お手元の薫香録をご覧ください。
文字が浮かんでくる。物語が始まる。
村はずれの森に、神鳴りが落ちた。翌朝、香取の翁(こうとりのおきな)はいつものとおり、森に香木を探しに出かけた。森に近づくと、奥の方から芳香が漂ってくる。香りの道をたどっていく。
香元の声がする。「それはこの香りでした」。香元が香炉を盆に載せて流す。川上の客から順に、次客に礼をして、盆ごと流れから手元に置き、香炉に礼をして聞香。盆に戻して、流れに戻す。この世のすべての花の匂いが混ざったような複雑な香りだった。
香元の声がする。お手元の薫香録をご覧ください。
文字が浮かんでくる。物語が続く。神鳴りに打たれて焦げた大木が在った。芳香はその根元から漏れてくる。不思議に思って鉈(なた)で焦げた部分を掘っていくと、桃の実くらいの大きさの金色の半透明な塊が出てきた。鉈でたたくとキンキンと石のような音がする。今まで見たことの無い香木だった。
香元の声がする。「それはこんな香木でした」。香元が香木を盆に載せて流す。川上の客から順に、次客に礼をして、盆ごと流れから手元に置き、香木に礼をして拝見、流れに戻す。金色で、半透明な宝石のようだった。
香元の声がする。お手元の薫香録をご覧ください。
文字が浮かんでくる。物語が続く。翁は香木を家に持ち帰った。その晩、自然に割れて、中に小さな女の子が眠っていた。子供を早く亡くしていた夫婦は、「香具屋(かぐや)姫」と名付けて、大切に育てた。短期間ですくすく育って、地上のどの姫よりも可愛らしく成長した。夫婦は、姫を包んでいた香木に「卵若体(らんじゃたい)」と名付けて、少しずつ削って大切に用いた。
香元の声がする。「それはこの香りでした」。香元が香炉を盆に載せて流す。川上の客から順に、次客に礼をして、盆ごと流れから手元に置き、香炉に礼をして聞香。盆に戻して、流れに戻す。この世のすべての果物をはちみつに漬けたような、気が遠くなるような甘い香りだった。
香元の声がする。お手元の薫香録をご覧ください。
文字が浮かんでくる。物語が続く。「卵若体」の香りは、この世のどんな音楽よりも快く、どんな果物よりも甘かった。この世の最高の贅沢を味わいたいと思った権力者や豪商たちが押し寄せた。用いた香木の5倍の砂金が謝礼だった。一時は都中の砂金が流れ込む勢いだった。それからしばらく幸せに暮らしたが、姫は川向こうの牛牽きの若者と駆け落ち、怒った翁が勘当、音信不通になった。妻はショックであの世へ旅立った。翁はすべてを虚しく思い、全部の砂金で大きな香炉を鋳造させ、残りの香木のすべてを焚いた。
香元の声がする。「それはこの香りでした」。香元が香炉を盆に載せて流す。川上の客から順に、次客に礼をして、盆ごと流れから手元に置き、香炉に礼をして聞香。盆に戻して、流れに戻す。この世のすべての香辛料を煮詰めたような、深い苦さの香りだった。
香元の声がする。お手元の薫香録をご覧ください。
文字が浮かんでくる。物語が続く。白い煙と芳香が満ちて、翁は一気に歳を取って、間もなく妻の後を追い、同じ墓に入った。直後に戦乱が始まり、金の香炉は行方知れずになった。次の春、墓に香木の芽が生えた。木の胎内には、香木を宿す部屋が在る。水が蒸発して、雲になって、雨になって地上に戻ってくるように、二人が焚いた香りは、木の胎内で再結晶して、この墓が森になる頃、神鳴りと共に地上の誰かの手に戻ることになる。
実はあの木にも、香木は2つあったのだが、翁は、金色の香木しか気が付かず、そちらを持ち帰ったのだった。焼け焦げた炭だと思って、鉈(なた)で彫り捨てたほうは黒い香木だったのだ。金色の香木と焼け棒杭の黒い香木、どちらを持ち帰るかで、物語は変わってしまう。次回は黒い香木を選んだ翁の物語です。
香元が宣言。香満ちました。
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テレビをつけると。相撲の初日で、大関3人が黒星スタート。高安も負けた。昨日造っておいたイワシの生姜煮で一杯やろう。
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