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2017年4月

2017年4月29日 (土)

香炉屋日記290426 夜間飛行

一日小雨。花冷え。

湿度が高いと、鼻の粘膜が敏感になる。

香には最適なのだが、客が途絶えて夕暮れを迎えた。

あと少し待って閉店と思っていると、男の人が来た。

入り口に傘を置いて席に着いた。

注文は、「心の疲れが取れるのを一服」。

黒い服。ずいぶん疲れているようだ。

香炉を整えて、銀の沈香を載せて、置いた。

椅子の背に深く寄り掛かりながら、むさぼるように香りを聞いていた。

しばらくして香炉を置いて、手帳に何かを書き始めた。

私は通りの向こうの靄がかかった景色を眺めていた。

闇が深くなって、車のライトが、流れ星のように尾を引いていく。

客は腕時計を確認して席を起ち、傘を持って出て行った。

歩道を見降ろすと、地下鉄の駅に向かって行く後ろ姿が見えた。

さあ閉店と思い直し、テーブルの香炉を片付けていると、黒い小さな手帳が床に落ちていた。

 

営業日誌らしい。

紐が挟まれているページを開く。

 

今日の客は、ホームを通しての依頼だったので、どんな人か知らなかった。

ホームの裏口の小部屋で待たされる。

若い男が先に待っていた。きっと孫なのかもしれない。

若い男は何となくうれしそうだった。

チャップリンのような、古典的な服装で、いまどきの若者の流行なのだろう。

ホームの職員が最後の化粧と服装を整えるのを待っている。

頼んでおいた霊柩車は外で待機している。

今日はずいぶん長くかかっているなと思いながら待っていると、エレベーターの地下の階を示す明かりが付いた。だんだんこちらへ上がってくる。

迎えるべく立ち上がって待つ。ドアが開く。若い女性が一人乗っていた。先ほどの若い男に手と目で相図をすると、腕を組んで、うれしそうに外へ出て行った。

女性の服装も、チャップリンの登場人物のようだった。

私に目配せをしたような気がして、思わずお辞儀を返した。

エレベーターの扉が閉じて、階下に降りていった。

再び上昇を始め、ドアが開いて、担当の介護士と施設長に付き添われて、寝台車が出てきた。

霊柩車の運転手と協力して、霊柩車に搭乗してもらう。

いよいよ夜間飛行の出発だ。

明日から忙しくなる。

 

身寄りのない人の依頼で、葬儀を取り仕切る、個人経営の葬儀屋さんのようだ。

 

今年始めからの葬儀の日誌がびっしり書かれている。

これ以上読んでも連絡先は出てきそうに無いので、閉じた。

取りに来るのを待つしかない。

忘れ物保管箱に入れた。

今日はとんだ残り香だった。

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2017年4月25日 (火)

香心門 よみうりランド花ハウス 290425

晴れ。暖かい。

入所者6名。介護士さん1名。

今月最後の会。桜の花は、もう跡かたも無い。それでも、

ひさかたの 光のどけき 春の日に

しづごころなく 花の散るらむ  紀友則

最上階に上がり、テーブルに向かうと、先生1年ぶりですねと言いながら着席した人がいた。

もう103歳のはず。

続けて、5人の方も着席。

一番若い方が90歳だ。

先生は、お若いですねと言われた。

老若は、比べるから生じる、幻想なのだろう。

較べるというサガは厄介なものだ。

朝鮮半島が風雲急を告げている。

いつも掲げている伊東深水の「香席」の絵の場面は、終戦直後の混乱期だ。

お香とはそういうものだと思う。

Photo

2017年4月24日 (月)

香炉屋日記290424

薄曇。暖かい。

あの後の話。

客は叙勲祝いに贈る香炉を探していた。高くてもいいということで、私も熱が入り、少年の処へ戻った時には、30分ほど経っていた。

少年はおらず、テーブルに紙と鉛筆が残っていた。紙にはびっしり「お母さん」という字が並んでいた。店を抜けなければ外に出られない。きっと、客とのやりとりに夢中で気が付かなかったのだろう。

窓から靖国通りを眺める。休日の昼前。家族連れが多い。神社の生垣のオオムラサキつつじが満開だ。幼い頃の、甘い、気高い香りがよみがえる。

少年に伝えるつもりの話が出来なかった。お母さんの香炉の灰の中に、炭化した香木が埋まっていたこと。きっとお母さんが聞いたのだろうということ。同じ乳の沈香を「お母さんの匂いがするお香」としたこと、大人になりつつある君にとってのお母さんは、言霊であること、などだ。そんな裏話など少年には不要だったのかもしれない。

今夜は竹の子御飯と若竹汁が待っているので、早仕舞だ。味と香りは同じだ。腹が膨れるかどうかとは別問題だ。

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2017年4月23日 (日)

香炉屋日記290423

あれから、体調を崩して、店を閉めていた。

あの小学生の事が気になっていた。

納得できただろうか。

残していった香炉の灰からは、色々なことが分かった。

それについては別の機会に書こうと思う。

今日は日曜日。

久しぶりに朝から開店した。

向かいの神社の桜は緑になっている。

すぐに、あの小学生が、小鳥のように入ってきた。

またあの香炉を持っていて、もう一度「お母さんの声」を聞きたいと言った。

奥の香かふぇの椅子に座らせる。

「お母さんの匂いがするお香」があるけど、試してみるかいというと、うなずいた。

床に届かない足を揺らしている。

疑ったり信じたりする前の、遊びの気分なのだろう。

今日は匂いを聞きながら、この紙に、「おかあさん」と何度も書いてみよう。

きっといいことがあるよ。

持ってきた香炉に、「お母さんの匂いがするお香」を載せた。

店頭で、別の客の気配がした。

「香りは15分くらい続くから、一人でやっていて」と言って、紙と鉛筆を渡して、店に戻った。


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2017年4月20日 (木)

香心門 中央林間地域支援センターディサービス 290420

晴れ。暖かい。

来所者15名。介護士さん1名。

ひさかたの 光のどけき 春の日に

しづごころなく 花の散るらむ  紀友則

香木には二つの名前がある。

本名(学名や雅号)と毎回変わるその席だけの名前だ。

一部の人は本名と香りをセットで覚えているので、毎回正解する。

その日限りの名前を頼りに、香りを記憶するのは難しい。

この辺に、組香のうまい仕掛けがある。

調香師の秘訣も同じだろう。諸事全般についても同じ事が言える。

Photo

2017年4月18日 (火)

香心門 お香の日 290418

夜来風雨の声。今年最初の夏日。高座渋谷学習センター。

源氏物語に親しむ会8名。ボランテイア講師の会1名。

「これから1年かけて、源氏香を制覇する」、という目標で、2回目。

香道では、香りを楽しむばかりでなく、香りで考えることが主眼だ。

初めての香りを覚える、香りの微妙な違いに気づく、それを心に刻んで記憶する、などだ。

1時間はあっと言う間に過ぎて、みなさん喜んでくれた。

本日の答は、5回の聞香のうち、最初と最後だけが同じ「まぼろし」だった。

これから1段ずつ、2種香、3種香、系図香 、そして源氏香と征服していく。Photo


2017年4月16日 (日)

香心門 桜ケ丘記念病院延寿ホーム 290416

晴れ。暖かく穏やか。

入所者8名。介護士さん1名。

ひさかたの 光のどけき 春の日に

しづごころなく 花の散るらむ  紀友則

今日のメンバーには100歳以上が二人居た。

大きな声で、和歌を朗詠してくれた。

世界最高齢のイタリアの女性が、昨日、117歳で亡くなったというニュースがあった。

ソメイヨシノの寿命は70~80年、山桜には樹齢400年というのもあるそうだ。

桜の寿命は花か樹か。

ヒトの寿命は体か心か。

帰路、散り終わった桜並木で、思った。Photo

2017年4月12日 (水)

香心門 ひらお苑グループホームどんぐり 290412

花曇り。暖かい。

入所者6名。介護士2名。面会に来た娘さん1名も参加。

ひさかたの 光のどけき 春の日に

しづごころなく 花の散るらむ  紀友則

初めて来てから3年、名前も顔も覚えた。

みなさん、欲が消え、不安や不満も消え、童女に戻って、笑顔がいい。

沈香の香りが満ちて、極楽の気分になる。

介護士さんも喜んでくれる。

帰路、街路の桜がひときわ美しく見えた。Photo

2017年4月11日 (火)

香心門 プレマみなみ風 290411

花散らしの雨。寒い。

入所者5名。介護士さん2名。

組香。

ひさかたの 光のどけき 春の日に

しづごころなく 花の散るらむ  紀友則

献香。

竹の子の季節が近づいている。まだ庶民のふところでは、手が届かない。

待ち遠しいと言ったら、みなさんが、施設の昨夜の夕食は、竹の子御飯と若竹汁で、柔らかく香りが高く、美味しかったと言った。

この辺りは農地や竹藪が残っていて、季節がくると、近隣の農家から色々差し入れがあるそうだ。

何だか、自分の事のようにうれしかった。

我が家ではもう少し先になりそうだ。Photo

2017年4月10日 (月)

香炉屋日記。290410

1. 今日の客。来店。ネット。電話。老若男女。幽霊。その他。

2. 今日の仕入れ、販売、補修、その他

        昨夜、明日の夕方に来店したいという客からのメールが入ったので、午後に店を開けて待っていた。向かいの靖国神社の桜が満開だ。4時を知らせる音楽と一緒に、ドアから、学校帰りの小学生が飛び込んできた。

        ランドセルから小さな香炉を取り出す。お母さんの愛用品とのこと。ずいぶん昔この店で売ったものだ。「お母さんの声が聞きたい」と言った。店の奥の「香かふぇ」で、黒い香炉に、持ってきた香炉の中の灰と香木を載せた。少年がスマホで香炉を撮影した。香りは映りませんよねと言った。私は、映るさ、と言った。少年は笑った。一緒に聞いた。

        少年は何も話さなかった。こちらからは聞かないのがルールだ。

        香炉は少年が持ち帰った。灰を少し貰った。少年が帰って、テレビを見ているうちに、7時になった。明日は花散らしの雨と、天気予報が言っているのを聞きながらテレビを消した。近所のラーメン屋で何かを食べて帰ろうと、店じまいをして外に出た。夜桜越しに鳥居が見える。夜風が冷たい。


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2017年4月 7日 (金)

香心門 金井原苑 290407

晴れ。あちらこちらで、桜が満開。

入所者12名。看護師さん1名。助手1名。見学者1名。

会議室の正面の壁に大きな窓があって、満開の桜の樹が額縁の中の絵のようだ。

この季節、このホームの最高の自慢だそうだ。

和歌もぴったりはまった。

組香。

ひさかたの 光のどけき 春の日に

しづごころなく 花の散るらむ  紀友則

献香。

香の十徳をした。

心の持ち方の言葉について、みなさんそれぞれ、感慨が深かったようだ。Photo_2

2017年4月 4日 (火)

香心門 グレープの里 290404

晴れ。暖かい。

デーサービス来所者5名。介護士さん1名。

組香。

月が変わり、和歌も変わる。

ひさかたの 光のどけき 春の日に

しづごころなく 花の散るらむ  紀友則

テレビも新聞も、桜のニュースが満載だが、実際の花は遅れがち。

体に不自由を抱える男性が一人と、メリーウィドウを絵にかいたような女性たち。

茶道の心得がある人が多く、きっちり香の点前をして楽しんでもらった。

献香。久しぶりに「香の十徳」をテーマにした。

春の彼岸の余韻もあって、みなさん心をこめて、合掌や黙想をしていた。Photo

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